【概要】
なんらかの心機能障害, すなわち心臓に器質的または機能的異常が生じて心ポンプ機能の代償機転が破綻した結果, 呼吸困難・倦怠感・浮腫が出現し, それに伴い運動耐容能が低下する臨床症候群.
☆うっ血
急性期:低酸素血症が繰り返されることや急激な後負荷の増大で, 交感神経の賦活化とともに神経体液性因子の活性化などが相まって, 血管収縮によりコンプライアンスの高い静脈系からの急激な体液再分布が起こり, 肺水腫をきたす.
慢性期:全身的な体液貯留を認め, 交感神経系の刺激が腎臓に影響し腎臓の血管収縮をきたし, 糸球体濾過量を低下させる. また, 神経体液性因子の亢進も加わり, 水・Naの再吸収をおこし, 細胞外液量が増加し, 浮腫をきたす.
<LVEFによる心不全の分類>
☆HFrEF:Heart failure with reduced ejection fraction
LVEF<40%で, 収縮不全が主体.
☆HFpEF:Heart failure with preserved ejection fraction
LVEF≧50%で, 拡張不全が主体. 原因としては高血圧症が最も多く, その他に心房細動などの不整脈やCAD, DM, DLなども挙げられる.
☆HFmrEF:Heart failure with mildly reduced ejection fraction
40%≦LVEF<50%で, 境界型心不全(HFpEF borderlineともいう).
☆HFrecEF:heart failure with recovered EF
HFpEF improvedともいい, LVEF<40%であった患者が治療経過で改善した患者群. 頻脈性心房細動などによる頻脈誘発性心筋症(tachycardia-induced cardiomyopathy)や虚血性心疾患, βブロッカーで心機能が回復した拡張型心筋症などが該当する.
<高拍出性心不全 or 低拍出性心不全>
低拍出性心不全:心機能低下や左室充満不良により心拍出量が低下している状態. 虚血性心疾患, 弁膜症, 心筋症, 心膜炎, 先天性心疾患など
高拍出性心不全:心拍出量は増加しているも, 全身に必要な血流を供給できていない状態. 貧血, 右左シャント, 甲状腺機能亢進症, 脚気心(Vit B1欠乏)など
<心不全の進展ステージによる分類>
StageA:リスク因子をもつが器質的心疾患がなく, 心不全症候のない患者
StageB:器質的心疾患を有するが, 心不全症候のない患者
StageC:器質的心疾患を有し, 心不全症候を有する, もしくは過去に有したことのある患者
StageD:年間2回以上の心不全入院を繰り返し, いろんな治療をしたにも関わらずNYHA Ⅲ度から改善しない患者
<NYHA分類>
運動耐容能を示す指標である.
Ⅰ:心疾患はあるが身体活動に制限はない. 日常的な身体活動では著しい疲労, 動悸, 呼吸困難あるいは狭心痛を生じない(無症状)
Ⅱ:軽度ないし中等度の身体活動の制限がある. 安静時には無症状. 日常的な身体活動で疲労, 動悸, 呼吸困難あるいは狭心痛を生じる(坂道で×)
Ⅲ:高度な身体活動の制限がある. 安静時には無症状. 日常的な身体活動以下の労作で疲労, 動悸, 呼吸困難あるいは狭心痛を生じる(平地で×)
Ⅳ:心疾患のため, いかなる身体活動も制限される. 心不全症状や狭心痛が安静時にも存在する. わずかな労作でこれらの症状は増悪する(安静時でも×)
<Forrester分類>
急性心筋梗塞における急性心不全の予後予測のために作成された分類で, 病型の進行に伴い死亡率が増加する.
右心カテーテル検査が必要であり, 侵襲度が大きい.
心係数については年齢補正がされておらず, PA圧や肺血管抵抗などの指標が含まれていないため, 慢性心不全の重症度分類を行う際には注意が必要.
<Norria-Stevenson分類>
末梢循環および肺聴診所見に基づいた心不全患者のリスクプロファイルとして優れている.
Forrester分類よりも簡便である.
【症状・身体所見】
☆左心不全
症状:呼吸困難, 息切れ, 頻呼吸, 起坐呼吸
身体所見:coarse crackles, 喘鳴, ピンク色泡沫状痰, Ⅲ音やⅣ音の聴取
☆右心不全
症状:右季肋部痛, 食欲不振, 腹部膨満感, 心窩部不快感
身体所見:肝腫大, 頸静脈怒張, 下腿浮腫
☆低心拍出
症状:意識障害, 不穏, 記銘力低下, Cheyne-Stokes呼吸
※Cheyne-Stokes呼吸:呼吸と無呼吸を周期的に繰り返す呼吸パターンのこと
身体所見:冷汗, 四肢冷感, チアノーゼ, 低血圧, 乏尿, 身の置き場のない様相
【検査】
<血液検査>
☆ナトリウム利尿ペプチド(ANP, BNP, NT-ProBNP)
・ANPは主として心房, BNPは主として心室で合成される心臓ホルモンであり, ANPは心房の伸展刺激により, BNPは主として心室の負荷により分泌が亢進する. BNPは心室の負荷の程度を鋭敏に反映し, 心筋の伸展刺激に加えて神経体液因子による刺激も加わっている.
・ANP, BNPはNa利尿, 血管拡張, RA系の抑制作用, 心臓の心筋肥大抑制作用や線維化抑制作用を有している.
・心不全でANP, BNPが上昇する原因としては腎機能低下によりクリアランスが低下していることによる.
・腎機能低下による影響は, NT-ProBNP(分子量の大きいBNP前駆体のN端側フラグメント)のほうがBNPより大きい.
・BNPはANPよりも左室負荷を反映するため, 補助診断に使われやすい.
・カットオフ:BNP≧35pg/mL, NT-ProBNP≧125pg/mL
<胸部Xp>
【急性期治療】
初期対応のための分類としてはCS分類が用いられる.
これに加えて, 新規であるか再入院であるかも重要. 再入院を繰り返している場合は予後不良.
特殊病態の可能性も考慮し, 以下のものに注意していく(MR.CHAMPH)
Myocarditis:心筋炎
Right-sided HF:右心不全
Acute Coronary Syndrome:ACS
Hypertensive Emergency:高血圧性緊急症
Arrhythmia:不整脈
Acute Mechanical cause:機械的合併症(ACS合併症, PCI合併症, 急性大動脈解離, IE, 機械弁の弁機能不全, 胸部外傷)
Pulmonary Embolism:肺塞栓症
High output HF:高拍出性心不全
①CS1(SBP>140mmHg):NPPV, 硝酸薬. 体液貯留がない限り利尿薬の適応はほとんどなし
②CS2(SBPが100~140mmHg):利尿薬を中心に治療.
③CS3(SBP<100mmHg):β遮断薬がすでに使われている場合は, ショックでない限りは継続. 必要に応じてPDEⅢ阻害薬を用いる.
④CS4(ACS):NIV, 硝酸薬. 緊急冠動脈造影を考慮.
⑤CS5(右心不全):容量負荷は避ける. SBP>90mmHgで体液貯留があれば利尿薬を考慮. SBP<90mmHgであれば強心薬, 改善なければ昇圧剤.
☆利尿薬
〇ループ利尿薬
肺うっ血や浮腫などの心不全症状を軽減し, 前負荷を減らして左室拡張末期圧を低下させる.
急激かつ過度の利尿は骨格筋のけいれんを惹起する→Kの補正を行う.
低Na血症, 低Alb血症, アシドーシスを合併している場合は反応が悪い場合があり, 作用部位の異なる利尿薬の使用も検討する.
用量:フロセミド ラシックスⓇ 10~20mgを静注し, 30分で十分な利尿がなければ20, 40, 80mgに順次増量して静注. 持続投与や他の利尿薬の使用も検討. 反応尿があれば維持量で投与を継続(海外では最大120~200mg)
〇バソプレシンV2受容体拮抗薬
他の利尿薬で抵抗性を認める場合に使用できる.
低Na性心不全患者に良い適応であると考えられる.
用量:トルバプタン サムタスⓇ 初回 1回8mg+生食50mLを1時間かけて点滴静注. 効果不十分な場合は16mgに増量可能.
※24時間以内にNaが10mEq/Lを超えて上昇した場合は増量しないこと.
〇MRA
用量:カンレノ酸カリウム ソルダクトンⓇ 1回200mgを生食20mLに溶解して, 緩徐に(1時間かけて)点滴静注
☆血管拡張薬
〇(噴)硝酸薬 ニトログリセリン/硝酸イソソルピド
NOを介して血管平滑筋細胞内のグアニル酸シクラーゼを刺激し, 低用量では静脈系容量血管を, 高用量では動脈系抵抗血管を拡張し, 前負荷軽減効果(肺毛細血管圧低下)および後負荷軽減効果(末梢血管抵抗低下に伴う心拍出量の軽度上昇)を発現する.
※0.2~2γ:冠動脈の拡張 0.6~0.8γ:静脈拡張 3~10γ:動脈拡張
また, 冠動脈血管拡張作用により虚血性心疾患を原因とする急性心不全に用いられる. (Class ⅠB)
静注投与に伴い, 早期から耐性が生じるため注意が必要である.
用量:ニトログリセリン ミオコールⓇ 1push
硝酸イソソルピド ニトロールⓇ(25mg/50mL) 0.5γで開始(50kgで3mL/h) 最大10mL/hまで増量OK
〇ニコランジル シグマートⓇ
硝酸薬としての静脈系拡張作用にATP感受性Kチャネル開口作用に起因する動脈系拡張作用を有する.
硝酸薬に比べて薬剤耐性が生じにくく, 過度な降圧をきたしにくい.
用量:ニコランジル シグマートⓇ 24mgを5%ブドウ糖液50mLに溶解し, 1日かけて点滴静注(2mL/h) 最大6mL/h
〇カルペリチド ハンプⓇ
血中ヒト心房性Na利尿ペプチド(hANP)は心不全早期より上昇し, 心房圧上昇に伴い心房筋より分泌される.
血管拡張作用, Na利尿効果, RA系抑制作用がある.
高齢者には注意して使用する.
副作用として血圧低下があるので, 低用量から使用する.
用量:カルペリチド ハンプⓇ 2000μg+5%ブドウ糖液50mL 0.05γで開始(50kgで3.75mL/h) 最大0.2γ
☆強心薬
〇ドブタミン ドブトレックスⓇ
合成カテコラミン
血管平滑筋に対する作用は相殺され, β1受容体刺激作用を発揮する.
5γ以下:低用量では軽度の血管拡張作用あり→全身末梢血管抵抗低下(後負荷↓), 肺毛細管圧の低下(肺うっ血の改善)
10γ以下:HRの上昇も軽度であり, 心筋酵素消費量の増加も少ない
カルベジロール内服中はHR増加作用が減弱する可能性がある
用量:ドブタミン ドブトレックスⓇ(600mg/200mL) 1γで開始(50kgで3mL/h) 最大20γ
〇ノルアドレナリンⓇ
内因性カテコラミンであり, β1刺激作用により心筋収縮増強作用(陽性変力作用)と心拍数増加(陽性変時作用)を示し, 末梢のα受容体にも働いて末梢血管収縮作用を示す.
後負荷の増大, 心筋酵素消費量の増加をきたし, 腎・脳・内臓の血流も減少させるので, 単独使用は控える.
大量に用いないといけない場合は, IABPやPCPSなどの機械的補助循環に切り替える.
肺うっ血+SBP≦70mmHg→DOB+ノルアドレナリン or DOA+ノルアドレナリン
用量:ノルアドレナリンⓇ(1mg/50mL) 0.03γで開始(50kgで4.5mL/h) 0.1γ~0.3γで調整
〇ドパミン イノバンⓇ
ノルアドレナリンの前駆物質である.
低用量(≦2γ):腎動脈拡張作用による糸球体濾過量の増加と腎尿細管への直接作用による利尿効果
中等度(2~10γ):β1受容体刺激作用とノルアドレナリン放出増加により心筋収縮増強作用(陽性変力作用)と心拍数増加(陽性変時作用)を示し, 末梢のα受容体にも働いて末梢血管収縮作用を示す.
高用量(10~20γ):α1刺激作用による末梢血管抵抗の上昇
使うとしたらEF≦50%の心不全患者に対して少量のフロセミドに併用して腎保護を図る.
用量:ドパミン イノバンⓇ (600mg/200mL) 1γで開始(50kgで3mL/h)
【慢性期治療】
HFrEFに対して治療効果の高いβ遮断薬, MRA, SGLT2阻害薬, ARNIはFantastic 4と呼ばれている.
基本はLVEFに応じて治療方針を検討していく.
☆ACE阻害薬 適応:HFrEF
HFrEFの症例に対してエビデンスがある.
薬剤の忍容性(咳嗽, BP, Cr, BUN, K)がある限り, 増量を試みる.
用量:エナラプリル レニベースⓇ 1回5mg 1日1回 10mgまで増量可
☆アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB) 適応:HFrEF
HFrEFの患者で心血管イベント抑制効果を有する.
ACE阻害薬に忍容がない場合などに用いる.
用量:カンデサルタン ブロプレスⓇ 1回4mg 1日1回から開始 忍容性に応じて増量していく 最大12mg
☆アンジオテンシン受容体ネプライシン阻害薬(ARNI) 適応:HFrEF
ACE-I, β遮断薬, MRAによる標準治療でなお症状を有するHFrEFにおいてACE-Iから切り替えると良い.
従来のARBの作用とサクビトリルによるNa利尿ペプチドの分解阻害による作用を有する.
血管性浮腫を防ぐため, ACE阻害薬から切り替える場合は36時間以上空ける必要がある.
用量:サクビトリルバルサルタン エンレストⓇ 1回25mg 1日2回から開始, 忍容性あれば2-4週間隔で段階的に1回200mgまで増量していく
☆ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA) 適応:HFrEF
禁忌がない限り, LVEF≦35%の有症状のHFrEFの症例では全例導入する.
ループ利尿薬, RAS阻害薬がすでに投与されているNYHA Ⅱ度以上の患者に投与する.
K製剤, NSAIDsでは併用は避けられるべきである.
フィネレノンは非ステロイド系であり, 高K血症や腎機能障害などの副作用が少ないことが期待される.
用量:スピロノラクトン アルダクトンAⓇ 1回12.5mg 1日1回から開始 最大100mg
エプレレノン セララⓇ 1回25mg 1日1回から開始 最大50mg
☆β遮断薬 適応:HFrEF
効果は用量反応性があると言われていて, 安静時HR<75/minが至適なレベルと言われている.
血圧が高い人→カルベジロール, 脈拍が早めの人→ビソプロロール
禁忌:気管支喘息(ビソプロロールはβ1選択性が強く, 比較的安全)
用量:カルベジロール アーチストⓇ 1回1.25mg 1日2回 忍容性を見ながら増量していく
ビソプロロール メインテートⓇ 1回0.625mg 1日1回 5mgまで増量可能
☆SGLT2阻害薬 適応:HFrEF, HFpEF
心不全や慢性腎臓病(CKD stage3以下)を合併するT2DMで推奨される.
心房粗細動を含む心血管疾患の既往を有するDM合併心不全患者において心不全発症低減効果が顕著に認められる.
用量:ダパグリフロジン フォシーガⓇ 1回10mg 1日1回
エンパグリフロジン ジャディアンスⓇ 1回10mg 1日1回
☆HCNチャネル遮断薬 適応:sinusかつHR≧75/minのHFrEF
洞結節細胞のIfチャネルを阻害することにより, 心収縮能に影響を与えずにHR↓させる.
最適な薬物治療にも関わらずNYHAⅡ-ⅢでHFrEFのHR≧75/minの慢性心不全に用いる.
用量:イバブラジン コラランⓇ 1回2.5mg 1日2回, 忍容性に応じ, HRが安定するように2週間ごとに適宜増減
☆経口強心薬
重症例におけるQOLの改善を目的とする場合や静注強心薬からの離脱時, またはβ遮断薬導入時に使う余地がある.
死亡率がむしろ上昇してしまうため, ルーチンでは使用しないこと.
ピモベンダンはPDE-Ⅲ阻害薬.
用量:ピモベンダン 1回2.5mg 1日2回
【ポイント】
・うっ血性心不全では下肢や背側に浮腫を認めやすい.
・尿量1000mL/day以下だと心不全悪化の様子あり.
・NPPVで対応困難(PaO2<60 mmHg), CO2貯留, 呼吸性アシドーシス→気管挿管, 人工呼吸器管理
・心不全でもともとADLの高かった患者のうっ血が取れてくると偽痛風になることがよくある.
【参考文献】
●JCS 急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017)
【初回投稿日】2024/11/27